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最高裁判所第三小法廷 平成4年(行ツ)159号 判決 1992年12月15日

メキシコ国メキシコ市四デー・エフ・スリバン五一

上告人

ソウサ・テスココ・ソシェダ・

右代表者

イサック・L・シラーウベルト・デュラン・シャステル

右訴訟代理人弁理士

松田喬

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 麻生渡

右当事者間の東京高等裁判所平成二年(行ケ)第二八〇号審決取消請求事件について、同裁判所が平成四年二月二七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人松田喬の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄)

(平成四年(行ツ)第一五九号 上告人 ソウサ・テスココ・ソシエダ・アノニモ)

上告代理人松田喬の上告理由

一、上告理由第一点とするところは原判決が、その理由「二審決の取消事由について」の「1スピルリナ藻について」の項に於て論断している主要部は左記の通りであり、即ち、右「1スピルリナ藻に付いて」に於て掲記しているところは被告提出の証拠物に付いて「…以下の事実が認められ他にこれを左右する証拠はない。」と判断しているに過ぎず、上告人は原審に於て右原判決が掲記している証拠は全くの軽軽たる雑記本に堕し、然も商品たる実を物語っているものではなく、上告人は原審に於て上告人の主張事実を立証すべく証人調を申請したが、にべもなく却下されたものであり、そこで原判決に於ける右主要部は左記摘示したところに存する。

すなわち、スピルリナは藍藻類、紐子目、ユレモ属、スピルリナ科に属する体長二〇〇ないし五〇〇ミクロンのらせん状をした微生物であり、現在までに約三〇種類が確認されているが、このうち工業的に量産が可能なものとしては大型のSPirulina Platensis、SPirulina maxima等の数種類に限られている。スピルリナは、エチオピア、チャド、メキシコ等の熱帯地方の塩湖に自生し、古来からメキシコ、チャド等においては、原住民の食用に供されてきたものであるところ、スピルリナは蛋白質の含有量が極めて高く、しかも良質であることから、一九五〇年代から、将来の有力な蛋白質として注目を集めるに至っていたところ、一九六七(昭和四二)年、スウェーデンのヘーデン博士がスピルリナの食糧化を発表して注目を集めた。そして、スピルリナの安全性については、フランスや我が国においても繰り返し試験され、その安全であることが確認されてきた(なお、乙第五号証には、スピルリナは「…品質ならびに衛生上の見地から必ずしも食品に適しているとはいえない。」との記載があるが、右の箇所は「天然培養池の製品」、すなわち、スピルリナに関するもので、かかる「天然培養池」のスピルリナは、「どうしても夾雑物の混入する割合が高くなる」(三九頁右欄一三行ないし一五行)ために、前記のような問題点が生ずることを指摘したものであるから、何らスピルリナの安全性を否定する根拠となるものでないことは明らかである。)。その上、スピルリナは量産化が容易であることから、フランス国立石油研究所では石油精製過程の副産物である二酸化炭素を利用してスピルリナを培養する方法による工業化の研究を開始するなどその研究が進められ、一九七〇年代初頭に右研究所と原告会社との共同事業としてメキシコでパイロットプラントが建設され、また、昭和四九年から同五〇年にかけて、大日本インキ化学工業株式会社がクウェート沿岸の砂漠でスピルリナの人工培養事業に着手し、昭和五二年には、場所をタイ国に移し、昭和五三年から年産一〇〇トン規模の本格的生産事業を行うなどして、次第に生産量が増えていった。また、スピルリナは蛋白質の他、ビタミンB、ビタミンE、鉄、ミネラル等を含むことから、健康食品、自然食品としてもその将来性を注目されていた。

我が国においては、一九七〇年代初めに、スピルリナに含まれるカロチノイド色素が錦鯉の色揚げに有効であるとして、錦鯉の飯の原料として使用され、また、昭和五〇年ころから健康食品、自然食品として、クロレラと同様の緑色の粒状品として販売され始め、折からの健康食品ブームの中で、昭和五二年のクロレラの皮膚炎事件等を契機としながら次第に販売量を伸ばしたほか、食品添加物等としても利用の度合いを高め、スピルリナ商品の売上高は、昭和六〇年において七〇億円に達している。

以上の認定事実によれば、我が国においては、本願出願当時の昭和五二年においても、既にスピルリナは、高蛋白質食品ないしは各種ビタミン等を含んだ健康食品、自然食品として注目を浴びていた他、錦鯉の色揚げに有効な飼料としても使用されていたものであり、かかる認識はその後の健康食品ブームと相まって、食品添加物等へと利用分野を拡大しながら、一層浸透し、審決時においては、相当広く浸透し、定着していた事実が窺われるところであるというべきである。

と判断を示しているが、その判断は悉く虚構に堕し、そして現在商品として存在していることを物語っているものではなく、商標登録の可否は現在、即ち、登録査定時、ないし、審決時に於て商品の有無等を判断することが商標法の条理解釈上要求されているが、かかる解釈上商品の存在全くなく、更にかかる確定的判断を全くなしていない。

二、上告理由第二点とするところは原判決は「2本願商標について」の表題のもとに、その判断を摘示すれば左記の如し。

ところで、本願商標は、第三二類の「スピルリナプラテンシスの(精製粉末)を含有する加工藻類および他の加工食料品、その他の本類に属する商品」を指定商品とするものであるところ、右第三二類は、「食肉、卵、食用水産物、野菜、果実、加工食料品(他の類に属するものを除く。)を対象商品とするものであるから、本願商標に係る前記指定商品の定めによれば、本願商標はスピルリナプラテンシス藻を含む食品の他、これを含まない第三二類の全ての商品を指定商品とすることは、後述する通り、疑問の余地のないところといわなければならない。そして、本願商標はその構成からみて、「スピルリナプラテンシス」と称呼されるが、プラテンシスの語(前掲乙第五号証、同第十一号証、同第十七号証等によれば、「プラテンシス」はメキシコ原産のスピルリナ藻類の代表的な一種の名前であることが認められる。)が特定の観念を直ちに想起せしめる程一般に認識されている言葉でない(かかる証拠は本件全証拠を検討しても見出し難い。)のに比し、前半のスピルリナの語は指定商品が食品であることと相まって、前述したような健康食品等として認識の広まっているスピルリナを意味していることから、本願商標が付せられた商品に接する者に対して、スピルリナを含有するか、あるいは少なくともこれに何らかの関連を有する食品であることを想起せしめるものというべきである。

そうすると、スピルリナの語の前記のような一般的な理解のされ方からすると、本願商標は、その指定商品のうち、スピルリナプラテンシス藻に関係のない指定商品に使用された場合、当該商品の品質について誤認を生ぜしめるおそれがあることは明らかであるというべきである。然しながら現在原判決の指摘する商品が日本国内に存在しないところに徴し、前項1に於て上告人が論断した如く原判決の判断は無内容に堕し居り、かかる原判決の判断が何等の意義をも有せざること多言を要せず。原判決のいう如く「プラテンシス」の語が一般に知られていなければこそ、商品があった場合、「プラテンシス」の語が自他商品区別上の用語として認識されるものである。原判決は認識に付き全く知性なし。

三、上告理由第三点とするところは原判決は「3原告主張の違法事由について」として判断を示しているが、これを摘示すれば次の如し。

原告は、スピルリナは、植物性アルカロイドが強烈であるため食用不可能な弊害を有するものであるから、毒物性というべきものであると主張するが、かかる原告主張を裏付ける証拠はなく、かえって、前掲各証拠(例えば、前掲乙第五号証三九頁右欄二〇行ないし二四行、同第一六号証左欄下から一行ないし右欄八行、同第一七号証二八頁右欄一二行ないし六行等)によれば、スピルリナの安全性が確認されていることは既に認定したとおりであるから、右主張は採用できない。

原告は、原告会社がメキシコ特許を使用して始めて、スピルリナの企業対象たるの基礎が築かれたものであり、スピルリナなる名称も、原告がリンネの学名法を参考にして名付けたものであって、我が国においては全く未知の名称であり、本願商標に係る指定商品の将来の開発を期した想定上の指定商品であるなどとして、審決の前記認定は、商標取引上の社会的事実、経済的取引事実に徴して、全く存在していない空なるものに惰しているものであるとし、また、審決時において、商標を付する対象商品は存在しないのであり、商標法第四条一項一六号に該当するものではないと主張する。

そこで検討するに、スピルリナの商品化への研究開発の経緯はさとおき、既に前項において認定したように、本願商標の出願当時においても、スピルリナの語が、健康に有用な食品を表すものとして理解されていたものが、その語益益かかる理解は一般に浸透し、審決時においては相当程度に達していたものと語められるからスピルリナの名称が我が国においては全く未知の名称であったといえないことは明らかであるし、仮に本願商標に係る指定商品に想定上のものが含まれていたからといって、また、スピルリナを含有する製品化された商品がスピルリナそれ自体と全く異なる形態であったとしても、スピルリナが前記のような性質を有する藻類の一種として理解されている以上、これを含有しない商品に本願商標が付された場合、品質の誤認を生ずることにかわりはないから、右主張も採用できない。

また、原告は、本件指定商品は、「スピルリナプラテンシスの精製粉末を含有する」なる表示は指定商品の全部に係るものであるとして、審決が本件指定商品は第三二類に属する商品全部を指定したとみられるとした点を非難する。そこでこの点について検討するに、本願商標に係る指定商品の定めが「スピルリナプラテンシスの精製粉末を含有する加工藻類及び他の加工食料品その他本類に属する商品」であることは前記のとおり当事者間に争いがなく、一般に「および」は先行の語と後行の語が並列の関係にあることを意味する語であることからすると、「スピルリナプラテンシスの精製粉末を含有する」との句は、「他の加工食料品」を修飾するものと解するのが相当というべきであり、これに続く「その他本類に属する商品」をも修飾していると解することは困難というべきである。仮に、もし原告が主張するとおりの趣旨の指定であるとするならば、結局、本件指定商品は「スピルリナプラテンシスの精製粉末を含有する第三二類の全ての商品」を意味することとなるが、かかる場合においては、本件指定商品の表示における「加工藻類および他の加工食料品」との表現部分は第三二類に属する商品の一部であることからすると、全く無意味な表現となるものであるから、かかる表現は極めて不自然な用法というべきであって、到底首肯し得るものではない。原告の主張は独自の主張であり採用できない。

さらに原告は、「スピルリナ」と「スピルリナプラテンシス」は、全く対象を異にするものであるとして、審決の判断を非難するのでこの点について検討するに、前認定のとおり、厳密にみた場合両者が異なる概念であることは、原告の指摘するとおりであるが、本件訴訟において問題となるのは、本願商標がスピルリナを含有しない指定商品に付された場合、相当程度一般に浸透している「スピルリナ」の語から、一般人が当該商品の品質についてスピルリナを含むもの、ないしはこれに関係する商品として、その品質に誤認を生ずるおそれがあるとした審決の判断の適否であるところ、かかる観点からみると、両者が厳密にみた場合異なる概念を有するとしても、「プラテンシス」の語が「スピルリナ」科の中の一種類を表すものである以上、全体が認識された場合においても、また、前記のように一般に浸透している「スピルリナ」の語に着目された場合のいずれにおいても、前記のような誤認を生ずるおそれがあることは十分に肯認されるところといわなければならない。したがって、原告のこの点に関する主張も採用できない。

以上の次第であるから、原告の主張はいずれも採用できず、審決には原告指摘の取消事由はない。

然しながら上告人が原審に於て主張する毒性は嘔吐をすることにあるから、人類の生活としてこれをわざわざ費用をかけて研究することは無内容に失し、故に上告人側に証拠なるものは存する謂われなく、それなるが故に証人調を申請したのであるが、頑として受け止められることがなかった。そして原判決の判断は被上告人の提出した証拠の観念と本件商標に対する認識とを混然一体となし、ないし、右被上告人の提出した証拠の観念より連想し得ることを右認識としている無謀な判断をしているものであり、進んでは本件商標を商標法第四条第1項第十六号にいう商品の品質の誤認を生ずるおそれのある商標と断定しているに外ならず、かくの如き判断はその錯誤これより甚しきはなしとの譏りを免れざるを得ないものである。即ち、認識は認識に導引される前にカントのいう認識主観があり、これによれば本件商標が商標法上「スピルリナ」に帰するという認識が生ずる謂われ全くなしというを得るとともに、右商標法第四条第一項第十六号に規定される商品の品質誤認を生ずるおそれ全くなし。この品質誤認とはかくの如く品質誤認を生ずることが精神現象上必然であって、これを品質誤認せざる方が錯誤を犯しているというを得る場合である。例えば内容を知るを得ざる状態に於て「…蒸し羊かん」を「…栗羊かん」と表示してあった場合の如し。換言すれば、詐術を弄した表示、ないし、詐術的表現のある場合である。然も本項に於ける原判決の判断は「今」、即ち、観念、ないし、概念とは別に人間の感覚的、認識的な歴史的実践を無視している。認識とは知性、知識、理性に徴し、最高、最良な判断をすることであり、だから人間なのである。加うるに、錦鯉と緋鯉の区別は民事訴訟法上裁判所にも顕著な事実であって立証を必要としない。換言すれば、本項に於ける原判決の判断は「今」自体を判断の対象に措定している商品のあるか、否かについては判断の対象外にしている誤りを犯している。

よって原判決の右一、二、三、に於ける判断は民事訴訟法第三九五条第一項第六号理由に齟齬のある原判決たるに帰し、当然取消されることを免れない。

以上

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